300年前のフランスでは、帳簿を付けていなかったら…死刑!?
世界で初めて、国家的規模で商人に記帳や決算書の作成を義務づけたのは一六七三年の「フランス商事王令」です。当時のフランスは大不況の真っ只中。巷では企業倒産が続発していました。これを見かねた国王のルイ十四世は、大蔵大臣のコルベールに倒産防止のための政策立案を求めます。そこでできあがったのが「一六七三年フランス商事王令」なのです。
この法律の目玉は、商人に記帳と決算書作成を義務付けたことでした。それだけではありません。この法典には「破産時に帳簿を裁判所に提示できなかった者は死刑に処す」という、とてつもなく厳しい罰則が用意されていたのです。そして、違反者には実際に死刑が執行されていたというから驚きです。
当時のフランス政府は死刑を担保にしてまでも、専業家に「倒産を防ぐための正しい決算」を求めていたのですね。今から三百年も前のフランス人は、「倒産を防止し、逞しく勝ち残る経営には、正しい記帳と決算書の作成が不可欠である」ことを知っていたのです。
わが国の商法も、個人事業者を含むすべての商人に「記帳と決算書作成」を義務付けています。なぜ、そうした義務が課されているのか時代を追って見てみましょう。
先に触れた一六七三年商事王令は、一八〇七年の「ナポレオン商法」に引き継がれ、この「ナポレオン商法」を参考にして、ドイツの「一八六一年一般ドイツ商法典」が作られました。
わが国最初の商法である「明治二十三年商法」は、「一八六一年一般ドイツ商法典」を模範に、ドイツ人のヘルマン・ロエスレルによって作られています。その後、「明治二十三年商法」は「明治三十二年商法」に引き継がれ、幾多の改正を経て、現行の商法につながっています。
お判りでしょうか。すべては一本の線で結びついています。つまり、我が国の商法の歴史的な成り立ちを見れば、現行商法が定める「記帳と決算書作成業務」は、「一六七三年フランス商事王令」まで遡らない限り、その本質を理解できないということなのです。
(坂本孝司「会計で会社を強くする」TKC出版 P29〜P31)
複式簿記の原点は商売繁盛
複式簿記、一四九四年、ルネサンス華やかなりし頃のイタリア・ベネツィアで、ルカ・パチオリという修道僧により創始されました。当時、ベネツィアは世界で最も栄えていた商業都市。大学の数学教師でもあったパチオリは、このベネツィアで行われていた簿記実務を見よう見まねで勉強し、その成果を「算術・幾何・比・および比例全書」(ズムマ)という数学の本の一部に収めて出版したのです。
パチオリが初めて簿記実務を目にしたのは、彼が家庭教師をしていたあるお金持ちの事業家の家と言われています。その家で帳簿を処理している人の仕事ぶりを観て、数学者のパチオリは俄然興味を抱きました。「ふーん、商売で売上が増えたら帳簿の右側に書き、逆に費用が増えたら左側に書くのか。これなら、書類が明確になって、非常に便利だろうなぁ」。
こうした帳簿作成の仕組みを詳しく解説したパチオリの本こそ、今日の複式簿記の原点と言われています。
パチオリの簿記書には、その冒頭に「商売繁盛の三条件」が書かれています。それらを現代風に表現すれば、次のようになります。
商売繁盛の三条件
一、十分な資金力を持たなければならないこと。
二、会計業務に携わる者は誠実さや廉潔性を保ち、かつ熟達した技能を持っていなければならないこと。
三、すべての取引を秩序正しく適切に記帳処理しなければならないこと。
さらに、パチオリは「秩序のないところでは、すべては混乱に陥る」ということわざを引用して、会計の重要さを訴えています。「なぜなら、商人の取引において、記録についての正しい秩序がなければ、自らを統制することはおよそ不可能だからである。そうでないと、彼らの心は、常に休まらず大いなる苦悩の中に置かれるからである」。つまり、正しい会計は健全な事業経営をしていく上での最低限の条件だということ。換言すれば、複式簿記の本質的な目的が、「事故報告による健全な経営の遂行(倒産防止)」にあることをパチオリは今から五百年以上前に見抜いていたわけです。
(坂本孝司「会計で会社を強くする」TKC出版 P34〜P36)